かなみとなすび

生き方下手なかなみの人生奮闘記です。

いじけた内容ですが。。。

先ほど私は世の(一般的な)男性陣への愚痴を書きました。
あの記事だけ読むと私は若くて美人にひがんでいるだけだと思われやすいし。。。
ましてや若くてイケメン好きな女性陣をも敵に回してしまいかねないので。。。
ちょっと補足記事を書こうと思いました。


私はこのブログで過去にも幾度かこの手の記事を書いているのです。
開設当初から読んで下さっている方はご存じかもしれませんが。。。
何せ私は年齢や容姿に対するコンプレックスが強くて。。。
だからどうしても被害者意識が抜けないし、若くて綺麗な女性を好む男性を見ると、
または若くなく綺麗でもない故に粗末に扱われる経験を重ね続けると、
更に心が悲しくなってしまってついついこの手の記事を書いてしまいたくなるのです。


なぁんて言っても理解して下さる人と、
「理解できません、やっぱりただのひがみじゃん?」
と思う人に分かれるかとは思いますが。。。
それを承知の上で書かせてもらいました。


多分私のこのコンプレックスは母からの影響が大きいのだと思います。
ぶっちゃけ母は綺麗な人でした。
ちやほやされ、貢がれる人でした。
それに比べて私はごく普通、もしかすると部分的には良い所もあったのでしょうが、
母から見ると私の容姿は地味でつまらないものだったのです。
だから子供の頃から私は自分の好みで服を着ることができませんでした。
母が見立てて購入した物を着ることになっていました。


髪型も「あんたは長いのは似合わない」とか「ストレートは似合わない」とか、
あれこれとうるさく、せっかく自分の好きな髪型に美容院でしてもらってきても、
「全然似合ってない」とかケチを付けてきます。
仕方なく次は母の希望通りの髪型にしてくると母は大絶賛です。
「いいじゃない、すごい似合ってるわよ」等と言いますが、
私から見るとどう見ても古臭いし若々しくないし。。。
あたしこんな髪型よりもっと今風なのをチャレンジしてみたい!とか思っていました。


学生時代、バイトのお金で自分の好きな服を買いましたがもちろんダメだしだらけです。
または特にコメントしません。
後日、母は自分の好みで見立てた服を購入してきて私に着るように言ってきます。
あまり気に入らないのですぐには着ないのですが、
母の機嫌を損ねると面倒なのでたまに着ると、母はわざとらしく大絶賛します。
「あら、その服いいわね、すごい似合ってるわよ」等と言いますが、
自分が買ってきた服じゃん!と私はいつも心の中で思っていました。


要は母はセンスがどうとか言うよりも、
自分が見立てた物イコール素晴らしいという前提で物を言ってくるので、
全くの、それこそ独断と偏見なのです。
テレビでも綺麗な人やイケメンの人のことばかり大絶賛をします。
きっと私は世間の男性陣が若くて綺麗な人を誉めちぎったり贔屓する様子を見ると、
母から私の個性を否定されてきたことが思い出されてしまうのだと思います。


私だって若くて綺麗な人は男性であれ女性であれ良いなと思いますから、
別に世間の皆さんにそのような好みがあったとしても不思議なことではありません。
ただあまりにもその傾向が顕著な方を見ると。。。
母から受けたトラウマがよみがえってしまうのだと思います。


ちなみになすびはめちゃくちゃ若くて綺麗な女性が好みです。
自分の年齢と容姿を完全棚上げ状態です。
私はぶっちゃけなすびから年齢と容姿を否定されてきました。
相当ひどい言葉で私の身体的特徴部分をバカにされたりもしました。
母から受けたトラウマがある所になすびから侮辱発言を受けると。。。
私の思いは若くて綺麗な女性を誉める男性陣への苛立ちです。


変な話ですが若くてイケメンな男性が好みの女性には特別変な感情は湧かないのです。


長々なりましたのでこの手の話はまた次回にしたいと思います。


男は(一般的に)若くて美人がお好き

かなり独断と偏見と毒ありなんで
男性読者の方は読まない方が良いかと思いまする


私が思う男性像
女性を容姿で贔屓する
これは自分が若い時から思っていたことだけど
年を取った今、更にそれを実感する日々だ


そんな訳で過去の私の苦いエピソードを紹介したい
明らかに自虐だな(爆笑)


私、私の容姿を見てあからさまにガッカリされたことがある
私、実年齢より声だけ若い時とあまり変わらないのですが
電話で声だけ先に知り合っていた遠方に住む男性のネット友達が
初めて会った時に明らかに「あれっ?」て顔をした(`´)


しかも確か言葉にも出していた
「結構、声と雰囲気違うんだね」
「こういう感じの人だったんだね」


「何じゃそりゃ?」
「悪かったね」
と私。。。心の声


あんた、自分の容姿、わかってんのかよ?
どう見ても熊さんだぜ、熊さん嫌いでない私だから特にガッカリもしてないけどさ
熊さんなのに赤ずきんちゃんでも狙ってたのかよ?
と言いたくなった私。。。少々言葉が荒くてごめんなさい(苦笑)


結局ね~、その方とは短いお付き合いでした。






ちょっと疲れた

前向きに頑張り続けるってやっぱり
ちょっと疲れるね


なすびのことを忘れた訳じゃないのに
なすびのことを思い出さないように
必死で暮らすのも
疲れるね


夜中に目が覚めてしまうと
何だか無性に人恋しくなる
そしてあんななすびでも
良かった時の記憶の方が
ふいによみがえってくる


おかしいな私
夜中は感傷的なんだねきっと
朝になればまた
笑って過ごせるはず
笑って今の記事を読めるはず


それにしても
私にとってなんでなすびという人は
こんなにも強烈なまでに
私を縛り続けるのだろう
悪い奴ほど
何かしらの魅力があるのだろうか


まるでギャンブル依存症最悪だった頃の
ギャンブルへの思いみたいだ(笑)


一種の麻薬みたいなもんなんだろうか


なすびを嫌いになった訳じゃない
なすびを優先に過ごしても無意味だと気付いただけ
自分の人生を生きる為に私は
なすびを心の奥に押しやった


押しやった方法は相当成功していたのにね
夜中にだけは効きが悪いのかしら


愛しい人ほど憎らしく
憎らしい人ほど愛しく
人の思いが一番
訳わからぬ


どんな方程式も
当てはまらないわ~~~



文章を書くということ

まあ、正確には文章を入力するということ、になるのかな?(笑)
私は全く苦じゃありません。
多分、一日中、打ち続けることも可能です。
とまあ、だいぶ過去記事にも書いたような気がします。


子供の頃から本が大好きでした。
小学校の時は新聞係で、ほとんど一人で書いていました(爆笑)


詩や作文を書くことが大好きで、子供なりにその書く世界に没頭していました。
大人になっても私は書くことはほぼ日常的でした。
手紙もたくさん書きました。
ネットをするようになってからはブログもたくさん書きました。


仕事でもずっと文字に触れる機会が多く、私の人生は活字と共にあったという感じです。
だから感情が高ぶってくると、もう出るわ出るわ(苦笑)
言葉がたくさんたくさん自分の中から湧き出てきます。


私の言葉は少し変わっていると思います。
あまり丁寧に事の流れを説明せず、割と抽象的に書きます。
なので人によっては「何この人、言ってることよくわかんない、わかりにくい、理屈っぽいし、自分に酔ってるんじゃない?」と思われていることも実はわかっています(苦笑)


自分でもそう思うからです(爆笑)


でも私が文章を書く時、確かに自分に酔ってるからこそ言葉があふれ出てくるのだと思います。
乗っている、まさにそんな感じです。
乗り出すと、もう心の中の声と指がほぼ同一に動き出します。
その感覚は実はとても心地良いものです。


私はやはり書き手になりたいのです。
というか書き手でずっとあり続けたいのだと思います。
今、自分はどんな書き手になりたいのか、日々模索中です。


その手段が私にとってはブログなんでありまする!(^^)!

愛って。。。
本当に
奥が深いね


愛って。。。
綺麗な感情ばかりではないね
ドロドロした感情の中からだからこそ
生まれる感情が
愛なのかもしれないとも思うし


でもやっぱり


愛って。。。
人間の一番綺麗な泉のような所から
湧き出てくる感情のような気もするし


いずれにしても


愛って。。。
尊いね


愛って。。。
やっぱりいいもんだよね


何だかね~
頂いたコメントにお返事させてもらってたら
涙が止まらなくなっちゃいました


まおちゃんのことを語ったら
とてつもなく涙があふれてきてしまって


私どうしちゃったんでしょうね~
この涙は浄化の涙でしょうか


まおちゃんが
その生き様を通して


私の中にもあったと思われる
愛を。。。


引き出してくれたのかなぁ。。。


みんな。。。
まおちゃんが好きなんだね


まおちゃんのことを語ってくれる皆さんのコメントが
とてもとても尊い内容ばかりでした


愛が詰まっていました